東アジアの脱原発
●釜山から30km、台北から25kmで稼働する原発
2011年3月11日の福島第一原発事故によって、原子力発電所の危険性は誰の目にも明らかとなりました。にもかかわらず、東アジアは今も世界の原子力の「成長センター」であり続けているのです。その中心は2020年までに8000万kW以上に原子力発電所(原発)を増やす計画を有する中国と,2030年の電力に占める原発依存度59%を目指す韓国で、2000年に誕生した民進党政権が脱原発政策を標榜した台湾でも,現政権は第4原発の建設を続行しています。大事故を起こした日本の経験に照らして見るとき,これらの国々の原発は安全性を確保していると言えるのでしょうか。
韓国では第2の都市・釜山の中心部からたった30kmの場所に古里原発が存在し、30km圏内には約500万人が暮らしています。そして、日本の福岡市からも200km しか離れていません。古里原発1号機は1978年に運転を開始した韓国初の商業用原発ですが、2010年までに分かっているだけで何と127回もの事故や故障を起こしています。今年(2012年)2月には、一時的に全電源喪失という爆発に繋がりかねない事故を起こし、1カ月にわたってそれを隠ぺいしていたにも関わらず、7月には早くも再稼働を発表するなど、安全性が確保されているとは到底言い難い実態です。今年5月に発表された古里原発の事故被害シミュレーションでは、韓国・日本の両国で事故後50年間に最大85万人がガンで死亡し、避難などの経済的費用は43兆円に達するという深刻な結果が出ているのです(朴勝俊2012)。
台湾も韓国と同様、首都である台北からたった25kmの場所に台湾第2原発が立地しています。加えて30km圏内には580万人が居住し、首都である台北市街がすっぽり収まるという、世界的にも異例の立地条件です。事故が起これば首都機能の麻痺など、非常に深刻な事態が起こることは明らかで、慎重かつ強力な規制が必要です。しかし、建設中の第4原発の制御室で大規模なケーブル・分電盤火災事故が2010年3月31日に起こった際も,委員会は規制当局としては緊張感のない楽観的な説明を行うなど、こちらも厳密な規制が行われているとは言い難い実態があります。また台湾は日本と同様、地震多発地帯ですが、地震・津波の対策は十分なされていません。
●東アジア諸国が手を取り合い脱原発の実現を
福島原発事故で放出された大量の放射能が太平洋に流れ込んだように、原発事故の影響は当事国だけに留まりません。韓国の古里原発で事故が起これば、確実に日本・中国にも影響があります。それにも関わらず、福島原発事故後も東アジア諸国の原発推進政策においては「ブレーキ」より「アクセル」に偏重した政策がとられています。東アジア諸国の原子力発電の支援および規制に関する制度を比較すると(表1)、韓国と中国では組織上は推進と規制の分離がみられるものの、人選および人的資源の側面から十分な規制組織とは言いがたいのが現状です。損害賠償責任は,日本を除いては有限責任で賠償責任限度額もきわめて低く、事故時の賠償の大部分と,核廃棄物処分にかかるコストは政府が肩代わりするようになっています。これらは原発事業のコスト低減に寄与しており、また日本以外では国営であることも合わせて原発事業の採算性は保証されていると考えられます。しかし事業者自身の安全確保意識にとって、最終的には国が面倒を見る体制はモラルハザードの源泉となってしまいます。
原発事故は絶対に起こしてはなりません。しかし、現状では国策としてのエネルギー政策に原発が重要なものと位置づけられた場合に,安全性に懸念材料のある原発にも規制当局がゴーサインを出さざるを得ない状況です。究極的には,エネルギー政策のレベルから原子力の必要性に関する議論がなされるよう、情報の公開と透明化に基づく民主的な統制が不可欠でしょう。国政の場においても原子力が聖域化されることなく,開かれたその是非が問われ続けなければなりません。
今年(2012)10月13日に行われた韓国緑の党再結成式の前日、日本の緑の党、韓国緑の党、台湾緑の党の代表が集まりそれぞれの国の原発問題について発表すると共に、エネルギー問題に関しての意見交換を行いました。そして、今後互いの知識やアイデアを共有するため、①情報をWeb上で共有する場をつくる、 ②共同研究を行う、 ③交換研修を行う、などの提案がなされました。韓国・台湾・日本の緑の党は原発のない持続可能で平和な東アジアを実現するため、共に協力し合いながら脱原発に取り組んでいます。
表1 東アジア諸国の原子力発電の支援および規制に関する制度比較表(2012.9時点)
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日本 |
韓国 |
中国 |
台湾 |
電気事業の体制と原発の建設・運営主体 |
民営・地域独占,発送配電一貫の10大電力会社。卸売・小売の部分自由化。 |
国営電力会社(韓国電力)の独占だが,発電会社は複数,発送電分離。 建設・運営主体は国有の韓国水力原子力会社。 |
発送電分離されている。 建設主体は国有の原子力会社(4社)。 各原発が合弁子会社として運営主体となる。 |
国営・全国独占,発送配電一貫の台湾電力公司。卸売の部分自由化。 建設・運営主体は国有の台湾電力公司。 |
原子力関係予算 |
歴史的に一般会計エネルギー予算の97%が原子力関連。エネルギー特会。 |
一般財源に原発関連は見られない。電力産業基盤基金,原子力研究開発基金,放射性廃棄物基金がある。 |
予算は非公開。2011年~2015年に約798億元(約1兆円)を投資。 |
公開。原子能委員会,台湾電力の予算は一般会計。他に電源開発促進協力基金。 |
立地地域アクセプタンス |
固定資産税,電源三法交付金(電気代割引きを含む)など。 |
固定資産税等, 発電所周辺地域支援事業 |
日本・韓国・台湾と同様の制度は見られない。 |
電源開発促進協力基金(核廃棄物貯蔵交付金,地代・就業転業補助金,善隣基金など)。 |
安全規制当局の独立性 |
従来,経産省傘下の原子力安全保安院で問題あり。独立性の高い原子力規制庁もすでに骨抜きとの指摘あり。 |
大統領直属の原子力安全委員会が独立性を有する。委員長の人選に問題が指摘される。 |
環境保護部の核安全局が独立した監督権を持つ。他の政府機関との並立・重複が課題。 |
行政院(内閣)に設置された独立の台湾原子能委員会が推進と規制を兼ねる。改組後の核能安全署は弱体化が指摘される。 |
原子力関連訴訟 |
これまで安全性を問う16件以上の訴訟が行われた。全て原告敗訴。 |
これまで見られなかったが,最近準備されていると聞く。 |
これまで見られなかったが,福島事故後,建設中止を求める訴訟が一部で検討中。 |
台北民生マンション放射能汚染家屋被害者訴訟,被曝労働訴訟,核廃棄物処理場訴訟。 |
原子力損害賠償制度 |
電力会社への責任集中。無限責任。1200億円の保険,1200億円の政府補償契約(自然災害時)。不足分は国会決議により政府の援助。戦争や天災地変等は免責。 |
原子力事業者への責任集中。3億SDR(353億円)の有限責任。500億ウォン(約35億円)の保険契約(自然災害の区別なし)。超過分は政府が対応。戦争・内乱等は免責。 |
「事故を起こした運営者」が責任を負う。賠償限度は3億元(約37億円)とし,それ以上は国務院の審議により8億元(約99億円)を限度に政府が補償する。戦争・内乱等は免責。 |
電力会社への責任集中。 賠償措置額は42億台湾ドル(約109億円)で,この額が責任限度額。超過分は政府が貸付。戦争や重大な自然災害は免責。 |
出典:東アジア諸国における原子力発電の支援および規制に関する制度比較
(朴勝俊・李秀澈・陳禮俊・知足章宏、2012年9月)