【見解】水俣病特別措置法への見解を発表しました

【見解】水俣病特別措置法-環境省は最後の一人まで申請を受け付け、恒久的な救済システムの確立と地域の再生を

2012年8月12日 緑の党運営委員会

-水俣病問題に学ぶもの-

2009年、水俣病未認定患者を中心とする関係者の皆さんの必死の活動によって、「水俣病問題の最終解決」を目的とし、未認定患者に一時金・療養手当等を支給することなどを内容とした「水俣病特別措置法」(以下「特措法」)が成立しました。ところが去る7月31日、申請期限が締め切られ、細野環境相はその後の救済措置を考えていない旨をあらためて表明しています。

しかし、特措法に基づく申請は政府の当初見込みをはるかに超え、全国でこれまで6万人の被害者が救済を求め、最近でも毎月900人が申請してきました。地域が分断され、被害者が偏見と差別の中で生きている状況では、この数字も氷山の一角です。しかも特措法は事実上、救済措置の条件に訴訟の取り下げなどを求めており、「一時金か裁判か」の二者択一を迫っています。被害者が安心して暮らせる社会環境や制度を改善せず、特措法の救済策や地域指定も不十分な中で、さらなる苦悩を強いながら、多くの申請が現在進行形で続く中で申請受付を打ち切るのは、被害者の切り捨てと分断の繰り返しであり、決して許されるものではありません。また、これはそもそも「あたう限りの救済」を掲げた特措法の理念にも反する無責任なものと言えます。

さらに、今回「救済が終了」すれば加害企業チッソの分社化が進み、特措法は新会社に対して責任追及できないことを明文で定めています。これは被害者ではなく加害者を救済する仕組みであり、福島第一原発事故の加害者である東京電力を救済することにも道を開くものと言えます。

これまでも、水俣病だけでなく、多くの公害問題で、国は加害責任を曖昧にし、被害を隠ぺい・過小評価・放置し、被害者や地域を分断、切り捨てて来ました。熊本水俣病の放置と隠ぺいが新潟水俣病を生み出したように、国のこうした姿勢が多くの公害を繰り返し、拡大させてきたと言っても過言ではありません。1945年の広島・長崎の原爆被害でも同様で、今また福島第一原発事故でもこれが繰り返されようとしています。

水俣病は国と加害企業に責任があること、国の認定制度が厳しすぎることは最高裁判決によっても明らかです。申請の打ち切りは、被害者の切実な声だけではなく、国民世論や司法の判断にも反するものです。

私たちは、この問題の真の解決のため、さらなる徹底した健康調査、全被害者を救済する恒常的な制度や施策の確立、地域社会の再生に向けた国や自治体の取り組みの強化を求めます。また、そのためにも、関係地域だけでなく、すべての国民がこの問題とその背景について理解を深めていくことも必要です。

水俣病は、高度経済成長の中で生み出された悲劇です。「成長」を優先する経済や社会のあり方は、今も人々の健康に生きる権利や命を奪い、環境を破壊し、社会の豊かな発展を阻んでいます。この問題を、過去の悲劇としてだけではなく、今なお続く課題として、そして私たちが目指す未来のあり方を考える上で重要な教訓として、認識する必要があります。公害を未然に防ぎ、悲劇を繰り返さないためにも、私たちは、有害な物質を排出することなく、可能な限り自然の恵みの範囲内でエネルギーや製品の生産活動を行なう「緑の経済」の実現の必要性をあらためて訴えます。