【インタビュー】内田聖子さんに聞く「杉並から始まる、市民が主役の選挙と自治「対話」を重んじる杉並モデルの現在地」

杉並から始まる、市民が主役の選挙と自治「対話」を重んじる杉並モデルの現在地

2026年6月28日に投票が行われた東京都の杉並区長選挙で、「対話ある政治」を掲げた現職の岸本聡子さんが10万6,487票を獲得し、2期目の当選を果たしました。一方、国会では十分な審議を経ずに与党が数の力で法案を押し切るなど、「数の論理」が横行しています。

4年前、わずか187票差で誕生した岸本区政は今回、なぜ大きく支持を広げることができたのでしょうか。NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表として世界各国の市民社会とともに活動し、岸本区長の後援会(ソシアルサトコズ)で事務局長を務める内田 聖子氏にこれからの民主主義の「在るべき姿」について話を聞きました。

内田 聖子さん
岸本聡子後援会事務局長

1970年 大分県生まれ。1993年に慶應義塾大学文学部卒業後、出版社勤務などを経て、2001年からPARC事務局スタッフとなり、現在は同団体共同代表。著書に『日本の水道をどうする!?~民営化か公共の再生か~』(2019年 コモンズ刊)、『TPP・FTAと公共政策の変質 問われる国民主権、地方自治、公共サービス』(2017年 自治体研究社 共著)、『デジタル・デモクラシー: ビッグ・テックを包囲するグローバル市民社会』(2024年 地平社刊)など。2026年6月28日に実施された杉並区長選挙では、岸本 聡子後援会「ソシアルサトコズ」の事務局長として2期目当選に尽力。

(インタビューアー)
ブランシャー 明日香
杉並区議会議員

1973年 長崎県生まれ。カナダ・ヨーク大学社会人類学部卒業し、多文化都市トロントで生活した後帰国。3.11に際しては震災復興支援のため、石巻や福島でボランティア活動。2019年からは西荻窪善福寺にエコロジーカフェ・カワセミピプレットを開店し、ヴィーガンランチなどを提供するとともに、カフェを軸に環境キャンペーン「西荻大作戦」スタート(2025年3月末閉店)。2022年より緑の党グリーンズジャパンに参加し、2023年の杉並区議会議員選挙で「ゼロカーボンをまちづくりのど真ん中に」を掲げて初当選。

187票差から、大きな支持を得ての再選へ
勝因はどこにあったのか⁈

―― 任期満了に伴う杉並区長選挙で、岸本さとこさんは他の候補を寄せ付けず、ダブルスコアとも言える大差で再選を果たしました。ズバリ、勝因は何だったと思いますか?

内田 よく聞かれるのですが、シンプルに「ここが勝因です」と絞るのは難しいですね。やはり一番大きいのは、4年間という時間だったと思います。2022年の勝利は、わずか187票差でした。「奇跡の勝利」と言われましたが、それは始まりに過ぎません。そこから4年間、区議会議員の皆さん、住民の皆さん、全国の支援者の皆さんに支えられながら、政策を一つずつ実現し、政治活動を続けてきました。私たち自身、「いったい何をやっているんだろう」と思うほど、地味で、先の見えない日々もありました。でも、選挙のときだけではない日常の積み重ねが、最後に花開いた。今は、そんな実感を持っています。

―― 内田さんから見て、その4年間は、どのような時間でしたか?

内田 一言で言えば、苦労の尽きない4年間でした。政治経験も行政経験もない人が、首長として普通に政策を実現することが、これほど大変なのかと思いました。いまの日本の政治は、若い人や女性、既存の政治の世界に足場を持たない人がプレーヤーとして入っていくには難しい構造になっています。岸本さんは、そこに突如として風穴を開けたわけですが、行政のトップになったからと言って何でも自由にできるわけではありません。議会では、政策とは関係のない攻撃や誹謗中傷、混乱もありました。私たちは、特別なことをしたいわけではありません。普通に政策を実現し、区民の福祉を向上させたいだけなのに、なぜこれほど阻まれるのか。そう感じる場面は何度もありました。

―― 「首長という仕事は、究極的にはイデオロギーや会派を超えたところにある」という岸本さんの言葉が印象に残っています。今回の区長選で打ち出した政策やキャンペーンでは、そのあたりも勘案されたのでしょうか?

内田 そうですね。2期目のチャレンジとしてどういうメッセージを打ち出すかということについては、最後まで悩みました。例えば、差別をなくすこと、ジェンダー平等、マイノリティの権利を守ることは本来、すべての人が「安心」して暮らすための共通の基盤です。ところが日本の社会、とりわけ政治においては、それらを謳った途端に「偏ったイデオロギーだ」、「一部の人ばかり見ている」といったような反発が生じます。極めておかしなことではありますが、地域社会には本当にさまざまな考え方の人が、隣近所で暮らしていることも事実です。そこで、最終的には「安心して暮らし続けられる杉並」という誰にとっても自分事になる言葉で選挙に臨みました。

特に物価高や雇用不安などによって、生活や暮らしが厳しくなっている人も増えています。これは国の責任が大きい問題ですが、自治体として何ができるのかを考えなければなりません。つまり、必要なのは特殊な政策を打ち出すのではなく、住民の切実なニーズを正面から捉えて真摯に応えることだと考え、当たり前のことをシンプルに訴えたわけです。

―― 内田さんと岸本さんは、グローバル経済や新自由主義を批判的に捉え、市民社会やミュニシパリズム、つまり市民参加による自治の大切さを訴えてきました。実際に一つの自治体を運営する現場に関わり、何が見えてきましたか?

内田 私自身の感覚では、NGOでの活動と、地域政治に関わることは、基本的なところで似ています。課題を見つけ、人とつながり、問題を可視化し、政策提言や運動を通して改善する。ときには問題のある計画を止める。方法や制度は違っても、市民が参加して社会を変えるという点では同じです。ただ、首長(区長)の立場は、アクティビストとは全く違います。さまざまな意見を受け止め、行政組織を動かし、議会との関係をつくり、法制度や予算の制約の中で決定しなければなりません。

また、住民の期待を背負って当選したからといって、何でもすぐに実現できるわけではなく、むしろ期待が大きいほど「なぜできないのか」という失望も生まれます。時間が必要なことを説明し、別の進め方を一緒に考え、どこまで前進したのかを共有するなど、もっと解像度の高い、丁寧な戦略が必要だということを身につまされました。

実際に前回は熱心に応援したけれど、今回は距離を置いた人もいます。でも、また別のイシューで一緒に動ける可能性は残してきました。支持の温度差に関わらず、いろいろなレベルでつながり続けてきたからこそ、2期目につながったのだと実感しています。

みんなが主役の「お願いしない選挙」
選挙は続くよ どこまでも

―― 初当選から再選までの4年間にはさまざまな選挙がありました。岸本さんは常々「選挙と選挙の間が大事」、「選挙はどこまでも続く」と仰っています。この4年間、さまざまな選挙を経験する中で、選挙への向き合い方はどう変化しましたか? 

内田 私はここまでのプロセスの中で、杉並区には3つのミラクル(奇跡)があったと思っています。1つ目は、2021年10月の衆議院議員選挙東京8区(杉並中西部)で、吉田はるみさんが強固な地盤を持ち大臣経験者でもあった石原 伸晃さんを破って当選したこと。2つ目が翌年の岸本区政の誕生で、3つ目が2023年4月の統一地方選において杉並区に多くの新人区議が誕生し、偏っていた議会の構成が女性半数という良いバランスになったことです。では、これですべてうまくいってるかっていうと、全然そういうことはなくて、先程お話したように、やっぱり議会の中では熾烈な攻防がいまも続いています。選挙にしても、都知事選、都議会議員選挙、参議院選挙、2回の衆議院議員選挙もあり、なんだかずっと選挙をしているって感じでした。

そういう中で、やはり日本社会全体として大きく変わったなと思うのは、2月の衆議院議員選挙です。私には正当性を見出しにくい突然の解散で、自治体の職員や議員も選挙準備がままならない状況でした。その結果は、ご存知の通りです。左派・リベラル勢力が大きく後退し、杉並でも吉田はるみさんが落選。2021年の衆院選、2022年の区長選、2023年の区議選と、杉並では市民の力で政治を変えてきたという実感があっただけに、その基盤自体が崩れるのではないかという強い危機感を抱きながら、今回の区長選に臨みました。

―― その意味で今回の選挙では、区長や一部の中心メンバーだけが頑張るのではなく、多くの区民が「自分の選挙」として参加したように見えました。どのように市民を巻き込んでいったのでしょうか。

内田 「巻き込んだ」というより、みんなが主役になれる場をどうつくるかを考えてきた、という方が近いと思います。岸本さんも私も、もともと政治家を目指していたわけではなく、NGOの活動をしてきました。NGOの活動はリーダー任せにしていては広がりません。参加する一人ひとりが課題を自分事として捉え、自分にできることを考え、誰かとつながって動く。そうすることで、活動は生き生きとしたものになります。

後援会も同じです。「岸本さん、頑張ってください」と応援するだけでは、自治は実現しません。「私はこの地域をどうしたいのか」、「自分は何ができるのか」を、みんなで考える。選挙を候補者のものから、住民自身のものに変えていく。そのことは、ずっと意識してきました。

私たちは従来型の選挙のセオリーを熟知しているわけではありません。毎朝駅に立つべきだ、お祭りに顔を出すべきだ、組織を回るべきだと、いろいろな助言も受けました。ただ、「それだけで本当にいいのか」という疑問は常にありました。それだけに、定石に囚われることなく、ずっと模索し続けてきた4年間でした。

―― いうなれば、「古い政治への挑戦」ですね。その象徴ともいえるのが、「お願いしない選挙」だと思います。そこには、どのような考えが込められているのでしょうか?

内田 「お願いしない」という言葉は、誤解されやすい側面があります。私たちだって、「一緒にやりませんか」、「手伝ってください」と誘い合います。人と人が協力することを否定しているわけではありません。

やめたいのは、利権やしがらみを介した「お願い」です。力を持つ人や組織に陳情し、その見返りとして票を集めてもらう。支援を受けた政治家は、次にはその人たちの声を優先する。日本では、そうした関係が長らく政治を動かしてきました。そこを変えよう!! というのが、「お願いしない選挙」に他なりません。

これに付随して岸本さんは就任以来、いわゆる政治資金パーティーは一切やりませんと公言し、それを実行してきました。パーティー自体は違法ではありませんが、やはりホテルで実施されるような高額な会費が設定されれば、参加できる人は限られます。その結果、そういう人たちの声しか聞かない政治家が増えていくわけです。いうなれば、お金や人脈を持つ一部の人だけが政治に近づける構造を変えたい、という意思表示に他なりません。だからこそ、政党や組織の推薦に依存せず、高額な政治資金パーティーも開かない、逆に誰でも参加できる開かれた選挙を目指したのです。

―― もう1つ、「政策で選ぶ選挙」という柱もありましたね。

内田 政治に関係する人から、「政策のチラシなんて、みんな読んでいないよ」と言われたことがあります。でも、それは有権者が政策に関心を持たないのではなく、政策を比較しなくても成立する選挙文化を、政治の側が築いてきたからに他なりません。

きちんと伝えれば、住民は聞いてくれる!! 私たちは、そう信じています。だから丁寧に政策を策定し、公開討論会にも積極的に参加しました。前回の区長選では青年会議所主催の政策討論会が1度開かれただけでしたが、今回は4回実現しました。それも、若い世代が企画した若者政策に特化した討論会や、地域のイシューを考える団体によるものなど、バラエティに富んだ内容となりました。

その中にあって現職は、実績について厳しく問われる立場です。それでも岸本さんは、討論会には率先して出ると明言し、候補者が一堂に会する機会を重んじました。面白かったのは、候補者が個別に行う街頭演説では、相手候補や対立陣営への批判に終始することもありますが、さすがに候補者が一堂に会すると、そうしたムードにはならなかったことです。もちろん、ある程度の批判はし合います。ただし、やはり相手の話を聞いた上で自分の政策を説明し、違いと共通点を有権者の前で示す必要があるため、割と対話が進んだというか、選挙そのものが対話の場になった感じがありました。

「0と100」の間にある「納得解」で、
古い政治との決別を促す

―― 岸本区政の中心には「対話」があります。一方で、「時間とお金がかかる」「決断を先送りしているだけだ」という批判もありました。その辺りは、どう受け止めていらっしゃいますか?

内田 もちろん、4年間のすべてがうまくいったとは言いません。ただし、対立候補からすれば、争点にできるような失策も見当たらなかったのではないでしょうか。振り返ってみると、「対話の区政」くらいしか強く攻撃できる材料がなかった、という側面もあったのではないかと分析しています。

ただし、対話自体はどこの自治体でも避けて通れないテーマに他なりません。住民の意見を聞かずに、公共施設・教育・福祉・まちづくりを進めることはできないからです。それだけに、選挙戦序盤には「対話は無駄だ」と批判していた候補も、先の討論会を重ねる中で、「対話をどう改善するか」、「自分ならこうする」という主張に変わっていきました。対話そのものを全否定することは、難しかったのだと思います。

―― 政治では本来、自分の主張が100%そのまま実現することはほとんどありません。0か100かではなく、その間にある合意点を探すのが「対話」だということですね。

内田 そう思います。政策は、誰か一人にとっての100点を押し通せば、別の誰かにとって0点になることがあります。異なる立場の人が同じ地域で暮らす以上、互いの事情を知り、譲れない点と変えられる点を確かめながら、「これなら進められる」という納得解をつくる必要があります。

とはいえ、「対話」という言葉の意味の受け取り方は十人十色です。それだけに、演説や政策チラシのキーワードとしてだけではなく、私たちの行動そのもので意図を示していく必要がありました。その点では選挙運動の雰囲気を通じて、徐々に街に伝わっていったような気がしています。街頭宣伝でも、最初は支援者だけが集まっていたのが、次第にたまたま通りかかった人が足を止めて耳を傾けてくれるようになりました。誰かを攻撃するのではなく、政策を語ることで、いろいろな人が自分の言葉で参加する。その空気感が広がったことは、大きかったと思います。

―― 「対話」を掲げる以上、岸本さんを支持しない人、反対する人とも向き合わなければなりません。そこは今後、どのように進めていくのでしょうか?

内田 この4年間も、対話のチャネルづくりには注力してきました。例えば、気候市民会議では、環境問題に関心がある人だけを集めるのではなく、無作為抽出で参加を呼びかけました。公共施設の再編でも、地域ごとに住民が集まり、意見を交わす場を設けてきました。

ただ、それで「すべての声を聞けた」とは考えていません。「一部の人の声しか聞いていない」という批判は、まったく当たっていないわけではないと感じています。声の大きな人だけでなく、普段は政治の場に来ない人、参加したくても参加できない人の意見をどうすればテーブルに載せられるのか⁈ 「対話」という看板を掲げた以上、このテーマについては今後も方法を増やし、改善し続ける必要があります。

その意味では区政とは一線を画しますが、岸本聡子後援会(ソシアルサトコズ)で立ち上げた「すぎなみブロードリスニング」もその一助になり得ると考えています。一人ひとりの声に耳を傾け、政策をみんなで深めていくためのデジタル民主主義の実験場で、岸本さんの政策や選挙への姿勢、大切にしたいことなど、それぞれの項目についてアイデアを書き込み、身近にどんな考えを持つ方が暮らしているのかを見えるようにしていく取り組みです。

地域社会は町会・自治会のような昔からの地縁組織、自立した個人による市民グループ、どの組織にも属さない人たちなど、多様な層で構成されています。現状ではそれぞれが分断され、交わりにくくなっていますが、実際に話してみれば政治的なラベルだけでは見えない共通点もたくさんあります。町会に参加する人も、市民運動に関わる人も、地域では普通のお隣同士です。どこにも属していない若い人の中には、孤独を抱えながらも、さまざまな能力やアイデアを持つ人がいます。そうした人たちが「まぜこぜ」になれるチャネルを、地域の中に網の目のようにつくる。そこに、対話の区政の次の可能性があると考えています。

※すぎなみブロードリスニング:https://suginami-broad-listening.com/

―― 意見の異なる議員との関係については、どう考えていますか?

内田 住民の意見をテーブルに載せていくプロセスにおいて、鍵を握っているのが議会です。議会は本来、異なる民意を持ち寄って議論する民主主義の基本の場ですから、当然、反発もあります。問題は意見や見解が違っていた場合に、真摯に議論して「納得解」を得られるかということです。その点、圧勝しただけに2期目ならではの心配があります。岸本区政に批判的な議員が議論を閉ざしたり、逆に議会運営を混乱させたりすることがないか、懸念されるからです。

その際に大事になるのが、議員同士の対話といえます。対応を区長だけに背負わせるのではなく、議員同士が対話を通じて議会運営を変えていく努力が必要となります。幸い、杉並区には先ほどお話した3つ目のミラクル、新しい考えを持った区議が多いので、期待しているところです。その意味でも来年の統一地方選挙は、非常に大事な局面になります。ぜひとも、頑張りましょう。

―― 岸本区政はいうなれば、「51対49」の勝利からスタートしました。既存の政治スタイルでは「51」を取った側が、自分たちの論理だけで進めがちです。今回の支持拡大は、岸本区政がむしろ「49」を大切にしてきたからではないでしょうか?

内田 それはあるかもしれませんが、実際のところ、勝者として振る舞う余裕などありませんでした。区長はもとより、支える側の周囲も区政の運営経験がほとんどなかったからです。何か一つ間違えば、次は危ないという感覚がずっとありました。だから、「勝った側だから何をしてもいい」とは、到底思えなかったのです。今回、大きな支持を得ましたが、その姿勢は変わりません。岸本さんに投票しなかった人、投票に行かなかった人を含めて、同じ杉並の住民だからです。

実際に投票前に役所で自ら開いた記者会見で、「再選された際に落選した候補者の中に良い政策、あるいは難題への解決策が示されていた場合、取り入れる気持ちはあるのか?」といった鋭い質問をした記者がいました。これに対して岸本さんは、「優れた政策や提案、アイデアであれば、自分はどなたの知見もポジティブかつ柔軟に取り入れていきます」と回答。そこには自分が掲げた政策だから推進するのではなく、選挙で示されたさまざまな知見を活かすことこそが、「誰の票も無駄にしない」という対話の実践につながるという思いが込められています。

特に子どもたちの学びの環境や将来については、気候危機であるとか、先生が足りないとか、いじめとか、学校現場がものすごく大変なことになっています。これについては候補者討論会でも議論の的となり、4人の候補者全員が危機意識を持っていました。そのため、全候補者の間で、子どもたちの学びの環境を優先課題とする問題意識が共有されました。

SNS広告を使わないデジタル民主主義とは⁈
アルゴリズムに支配されない選挙へ

―― 先の衆議院議員選挙では、SNS広告の選挙への影響力が一段と高まったと指摘されています。ところが岸本陣営は今回、YouTube広告を一切使わない方針を明確にしました。それは、なぜなのでしょうか?

内田 身も蓋もありませんが、1つは資金的な問題ですね(笑)。そこで大きな影響力を見出そうとすれば、資金力のある陣営が圧倒的に有利になることは明らかです。衆院選で自民党が使った広告費が大きな問題になっていますが、あれって多分、億単位ですよね。それでも費用対効果が分からないので、資金が潤沢な党や政治団体はつぎ込めるだけつぎ込めといったことになっています。

こういった資金とプラットフォームに依存したアルゴリズムが選挙を左右すること自体に、私たちを含めて多くの人が「これっておかしい」と感じています。しかも、誰に、なぜその広告が表示されたのか? 有権者には分かりませんし、効果の検証も難しい。資金を持つ側が、巨大な民間プラットフォームにお金を払い、見えない仕組みを通して人の判断に働きかける。その土俵に乗ることが、本当に民主主義に則った選挙なのかと考えたわけです。

実は「みんなやっている」、「少しでも多く露出した方がいい」との助言もあり、当初はYouTube広告を使うことも検討はしました。それでも中途半端に同じ競争へ入るよりも「一切使わない」と明言することで、選挙のあり方に一石を投じようと決めたわけです。かなり挑戦的な判断でしたが、これが対面の対話や市民一人ひとりの発信を大切にするという、選挙全体の姿勢ともつながっていました。

―― 一方で、「すぎなみブロードリスニング」のように、デジタル技術を参加型民主主義に生かす試みも行われています。デジタルを全否定しているわけではないのですね。

内田 もちろんです。問題はデジタルを使うか使わないかではなく、どのような理念や目的のために使うかということです。例えば、ほとんどの自治体がDXを推進していますが、その多くは申請のオンライン化や生産性向上など、効率化の視点に留まっています。当然、それも必要ですが、民主主義の観点で考えるならば、もっと多くの人が参加し、意見を届け、その意見が政策に反映されたと実感できる仕組みとして使うことが重要です。

台湾やバルセロナなど、海外にはデジタルを参加型民主主義の道具として活用してきた事例があります。今回のブロードリスニングも、選挙期間中の実験にとどめず、今後、行政や地域活動の中で活用できる可能性を追求していきたいと構想しています。

とはいえ、デジタルにすればすべての声を拾えるというわけではありません。オンラインを使いにくい人、文章で意見を表すのが苦手な人もいます。対面の場、無作為抽出、地域の集まり、個別の聞き取りなどと組み合わせながら、住民参加の入口を増やすことが必要です。

――  「対話の区政」がどのような効果を上げたのか、今後は評価や検証を通じて、デジタルでそこを見える化していくことも必要ですよね。

内田 その通りですが、まだ十分に着手できていません。個別政策なら、実施件数や予算、達成率などで測れる部分がありますが、「対話によって地域の意思決定がどう変わったか」を測ることは決して簡単なことではありません。参加者数だけでなく、これまで来なかった人が参加できたか、意見の違う人同士が互いの事情を理解できたか、最終的な政策がどう変わったか、参加した人が地域への関心を持ち続けたか。定量的な指標と、聞き取りなどの定性的な評価を組み合わせる必要があると考えています。

ただし、実践している当事者だけでは見えにくいこともあります。それだけに、研究者や第三者の協力を得て、客観的に検証することが大切です。「対話にいくら使ったか」だけでなく、「その結果、何が生まれたのか」、そしてその効果を見える化する。その評価方法自体を、住民や研究者と一緒になって考えていくことも、「対話の区政」の一部になっていくのではないでしょうか。

目の前の課題解決だけでなく
10年後、20年後を描く「杉並モデルへ」

―― 物価高への給付や減税に象徴されるように、いまの政治は目の前の課題への対応に終始しがちです。しかし、10年後、20年後を見据えて将来の「在るべき姿」を議論し、その基盤を築いていくことも政治の重要な役割です。そのようなバックキャスティング(将来視点)のアプローチも、「対話」から始まるのではないでしょうか?

内田 おっしゃる通りです。今日、明日の困りごとに対応することは、もちろん大切です。一方で、目の前の対策だけを繰り返していると、将来どのような地域をつくりたいのかという議論が抜け落ちてしまいます。

10年後、20年後の杉並を考えるとき、今、選挙権を持つ人だけで決めてよいはずはありません。将来をより長く生きる子どもたち、杉並に暮らしていても選挙権を持たない外国籍住民、これまで政治参加の機会を持てなかった人たちの声も必要です。世代や立場を越えて、「どんな地域なら安心して暮らせるか」を一緒に描く場が求められます。

その点、杉並は将来を俯瞰して考える上で、人口や財政面を含めて一定の条件を備えています。「対話」を推進力にしていけば、その可能性はさらに開かれていくはずです。とはいえ、周囲から次々と寄せられてくる「この問題をすぐにどうにかしてほしい」という要望を避けて通ることもできません。短期的な課題を軽視せず、かつ将来を考える時間と場を意識的につくる。これを両輪にすることが、2期目の大きな挑戦になると思います。

―― 2期目の4年間で、どのような景色が見たいですか?

内田 区政内部では、この4年間で岸本さんと職員の間に信頼関係が築かれてきたと思っています。「この方向でいい」という確信が組織の中に広がれば、1期目には難しかった政策にも、より創造的に取り組めるでしょう。

ただし、杉並だけが良くなればいいとは思っていません。「杉並ではできたけれど、私たちの地域では無理だ」という声を聞くと、複雑な気持ちになります。杉並での成功だけでなく、失敗や迷いも含めて他の地域と共有し、「自分たちもやってみよう」と思う人や候補者が増えてほしい。

もちろん、自治体にはそれぞれ人口・財政・産業・歴史・文化がありますから、杉並の政策をそのまま移植することはできません。でも、市民が主役になる選挙、しがらみに依存しない政治、対話による意思決定という考え方は共有できるはずです。これらの「杉並モデル」を高いレベルで実践することで、各地で同じような経験が生まれ、それが横につながっていく。そのネットワークが、やがて国政を変える力になる。そこまで進みたいと思っています。