【インタビュー】宮澤カトリンさんに聞く「明日を生きる若者気候訴訟」10代・20代による気候変動訴訟は日本初

8月6日、16名の10代~20代の若者が原告となり、電力トップ10社を相手取って名古屋地裁に提訴を行った。日本で初めてとなる「若者気候変動訴訟」である。若者たちが暮らす地域は北海道から九州まで、最年少の中学生から高校生・大学生・社会人まで十人十色の若者たちが何故、訴訟に踏み切ったのか⁈ 原告最年長〈29歳〉の 宮澤 カトリン氏に、訴訟に踏み切った背景とその意図について聞いた。

NPO法人HAPPY PLANET代表
宮澤 カトリンさん

1995年、ドイツ・ベルリン生まれ。中学時代から日本の伝統文化に惹かれ、上智大学に留学。名古屋を拠点に環境に関する講演やボランティア活動に注力する一方、自身のエシカルアパレルブランドの設立を準備中。

尾形 慶子さん(インタビューアー)
緑の党グリーンズジャパン共同代表 国際部長/組織部長

1957年、三重県四日市市生まれ。英語・フランス語の通訳に従事する中、福島原発事故に際して「残りの人生を脱原発のために」と結党に参加し、ストップ気候危機、安心の暮らし、ジェンダー平等を掲げて活動中。

原告は北海道から九州までの中学生を含む若者
電力大手10社を相手取って名古屋地裁に提訴

―― 20代までの若者が原告となって気候変動対策を求める訴訟を起こされたということで、まずはその経緯と経緯について教えてください。

カトリン 気候変動訴訟とは、法律の実践を通じて公的機関である政府や企業の気候変動緩和の取り組みを求める動きです。すでにアメリカやEUを中心に各国で活発に展開され、その数は2022年12月時点で2,180件に達しているといわれていて、訴訟件数は世界規模で増え続けると見込まれています。日本でも周辺住民が企業を訴える「民事訴訟」、周辺住民が国を訴える「行政訴訟」による裁判が数件ありますが、まだまだ世界の動きに乗り遅れている感は否めません。

その中にあって今回の訴訟のポイントは、北海道から九州、中学生から社会人までの10代・20代の若者が原告となっていることです。正式名称は「明日を生きる若者気候訴訟」。 8月6日、気候変動による影響や被害を受けることは「人権の侵害」に当たるとして、若者16名を原告メンバーとして、日本において最もCO2 (二酸化炭素) 排出量が多いとされている電力大手10社を相手に名古屋地方裁判所で民事訴訟を起こしました。

このような若者気候変動訴訟としては、アメリカ西部のモンタナ州で5〜22歳までの若者が州政府を相手に「州憲法」に基づいて環境権を訴えて勝訴した事例が注目を集めましたが、日本では初めてのこととなります。それだけに、気候変動運動の新たな契機、転換点にしたいと考え、原告・弁護団・支援団体を含めて全力で臨んでいます。

―― 気候変動によって、若者が生きづらい世の中になっていることを突き付けたわけですね。実質的な被害や人権侵害の事実が争点となると考えられますが、その辺りのバックボーンはどうお考えですか?

カトリン 一見、関係なさそうに見えて、気候変動の問題は「人権」と密接につながっていることが、気候科学における知見でも明らかになっています。ベルギー・ブリュッセル自由大などの国際研究チームが発表した地球温暖化(気候変動)の与える影響を世代別に分析した報告書「気候危機の中に生まれて」は、「2020年に生まれた子どもたちは将来、1960年生まれの祖父母世代に比べて自然災害を4倍から最大で7倍多く経験する」と、気候危機が子どもたちの権利を脅かしていることに警鐘を鳴らしています。この研究結果は2021年9月末にアメリカの科学誌「サイエンス」にも掲載され、気候変動問題と子ども・若者の人権に関する1つの定説となっています。地球温暖化によって引き起こされる猛暑・洪水・干ばつ・山火事といった異常気象の被害を最初に、そして最悪の形で受けるのは、やはり子どもたちをはじめとする若い世代なのです。

また、国連IPCC(気候変動に関する政府間パネル)も、今後「産業革命前からの気温上昇幅1.5度」を超えてしまう可能性を危惧しており、2023年3月20日に発表された「第6次統合報告書(AR6)」では、さらなる気温上昇に伴って「損失や損害が増加」し、人々や自然がもはや適応の限界に達するであろうことを改めて指摘。温室効果ガスの世界排出量を2019年比で「2030年には43%(CO2は48%)」、「2035年までに60%(CO2は65%)」、「2040年までに69%(CO2は80%)」、削減していく必要があるとのタイムテーブルを最新の科学的知見を踏まえて明示するとともに、そのための解決策がすでに技術的にもコスト的にも十分に実現可能で手の届く範囲にあることを指摘しています。同時にAR6報告書では、1950年に生まれた人に比べ、2020年に生まれた人が、いかに温暖化による悪影響にさらされるかについて可視化した図なども紹介されています。これは、若い世代が気候変動による影響・損失・損害により強くさらされる状況を示唆したものに他なりません。

※報告書「気候危機の中に生まれて:子どもの権利を守るために、なぜいま行動を起こさなければならないのか(Born into the Climate Crisis:Why we must act now to secure children’s rights)」(ベルギー・ブリュッセル自由大を中心とする気候研究者の国際研究チームと子ども支援専門の国際NPO法人「Save the Children」が共同で発表)

―― エビデンス(科学的根拠)は示されているというわけですね。

カトリン はい、そうです。ところが残念ながら、現状における各国の「1.5度目標」に対する取り組みは決して十分というわけではなく、2050年にはカーボンニュートラルどころか、このままでは逆に3度を超えてしまうことすら懸念されています。

特に日本の取り組みは遅れていて、G7(主要国首脳会議)の中で唯一、石炭火力発電を2030年までにやめることを宣言するに至っていません。むしろ、日本政府と電力業界は、石炭火力発電所においてアンモニアを混焼することにより二酸化炭素排出を削減できるとし、これを脱炭素に向けた戦略として推進し、さらに新しい石炭発電所を建設・稼働させる動きを見せています。これについては「排出削減量・コスト競争力・技術的実現可能性の面においても限界がある」とする専門家も多く、環境に配慮しているように見せかけて、実態はそうではなく、誤解を与えるグリーンウォッシュとも言うべきロジックで、「1.5度目標」の道筋とはまったく相容れないといっても過言ではありません。その結果、日本では再生可能エネルギーへのシフトが加速されない状況が生まれています。IPCCの報告書の中にも太陽光発電と風力発電のポテンシャルが明確に示されているだけに、残念でたまりません。それだけに将来を脅かされている若者の代表として臨む今回の訴訟は、石炭火力発電の担い手を相手取ってはいますが、同時にそのようなエネルギー政策を推進する政府の姿勢にも風穴を開けることになるはずです。

※エコなイメージを思わせる「グリーン」と、ごまかしや上辺だけという意味の「ホワイトウォッシュ」を組み合わせた造語

私たちの問題は、将来の子どもたちの問題
人権を核に自分事として気候変動に立ち向かう

―― 日本ではこれまでも公害に伴う健康被害や環境破壊に関する訴訟があり、それが環境意識を醸成していきました。一方、気候変動については猛暑や自然災害の頻発や甚大化に伴い、ようやくその影響を実感し始めたところ。それだけに、まだまだ馴染みが薄い気候変動訴訟を、しかも若者が起こしたというインパクトは大きいはずです。その観点から、今回の訴訟でどのような機運をもたらしたいですか?

カトリン 直接的な目的ではありませんが、若者が立ち上がって気候変動に関する訴訟を起こしたことがメディアなどを通じて伝わり、1人ひとりのマインドチェンジにつなげていけたらいいなぁとは考えています。人間社会が原因で気候変動が引き起こされているという事実は疑う余地がなく、IPCCの報告書でもそのことが科学的に立証されています。ところが、それでもなお、そのことを否定する人たちがいるわけです。また、気候変動という言葉は耳にしたことがあっても、それを対岸の火事だと感じて関心を持たない人たちも少なくありません。要は気候変動問題を他人事にせずに、1人ひとりが自分事にしていくことが、現在、特に日本社会では求められていると思います。

―― 原告となった16人の若者は、気候変動をどのように自分事として捉えているのでしょうか?

カトリン 暮らす地域も違えば、中学生から大学生、社会人までいるので、決して一様ではありません。ただ、若い世代ほど、切実な問題に直面しているように思います。例えば、学校に通っている世代は、気候変動による猛暑で、これまでのような体育の授業や部活動ができなくなっています。また、普通教室ではエアコンの設置が普及してきているとはいえ、特別教室や体育館などでは空調がないところも少なくありません。個の判断で動ける大人は比較的柔軟に対応することもできますが、学校という集団生活の中ではそうはいきません。そして、「外で遊ぼう」が楽しかった夏休みさえ、「家にいよう」という状況が、子どもたちに重くのしかかっていることは確かです。

―― だからこそ、若者自身が立ち上がって、自らの人権を守らなくてはならないわけですね。

カトリン 電力会社トップ10社を相手取った民事訴訟とした理由もそこにあります。彼らは日本全体における温室効果ガスやCO2の約30%を排出していると言われています。それだけに、最も責任が重いはずなのですが、自分たちが営利目的のためにやっていることが、子どもたちの人権を侵しているとは露程も思っていません。私たちは裁判を通して、そこに「気付き」を与えたいと考えています。

難しいのは、そこを個人の人権にどうつなげていくかということです。しかし、オランダやスイスですでに実際に勝訴するなど、確かな成功事例が生まれています。それだけに、日本でも成し遂げることは、決して不可能ではありません。そのことは、すでに世界が証明しているのです。

石炭火力発電を推進する日本の危うさ
アンモニア混焼はグリーンウォッシュ

―― 日本ならではの課題は感じていらっしゃいますか?

カトリン 日本政府は2021年4月に、2030年度において、温室効果ガス46%削減(2013年度比)を目指すこと、さらに50%の高みに向けて挑戦を続けることを表明しています。ところが政府が電力会社トップ10社とともに推し進めている計画では、先に述べたようにアンモニア混焼を切り札に石炭火力の脱炭素を謳うなど、大きな矛盾が生じています。すでに国内火力発電最大手のJERAは碧南火力発電所(愛知県碧南市)で、アンモニアを20%混焼する実証試験を開始し、大型商用石炭火力発電所での世界初の実用化を目指しています。

アンモニア混焼とは、燃料である石炭の一部をアンモニアに置き換えること。燃えにくい性質を持つアンモニアを燃やせるように発電所を改修すれば、アンモニアと石炭とを混焼させて発電を行うことが可能となり、CO2を削減できるというのが彼らのロジックです。しかし、実はこの技術はまだまだ過渡期にあり、さまざまな課題がクリアにされていません。

このままでは2050年のカーボンニュートラルはもとより、2030年度の「46%削減」という目標すら達成できないことは、目に見えています。このような石炭火力発電を容認・推進するような施策に対して、裁判では専門家の知見をベースに強く異議を訴えていきたいと思います。

――  再生可能エネルギーへとシフトする世界の趨勢に逆行しているというわけですね。

カトリン はい。気候変動問題に際して市場や社会の環境が激変している中にあって、石炭火力発電は価値が大きく毀損しているにもかかわらず、それを継続し、さらに新たな施設・設備を増強しようとしていることには、疑問を通り越して心配しています 。地球温暖化への対応により二酸化炭素排出削減をしなければならない状況では、本来ならば石油・石炭・天然ガスなどの化石燃料設備は活用できなくなり、資産価値が大きく下がると考えられています。それでもなお、このような座礁資産を使い続けたいという背景には、やはり投資した施設・設備のコストを回収したい、石炭火力発電所の寿命を延ばしたいという、利益優先の思惑が垣間見られます。アンモニア混焼のロジックは、その思惑のためのグリーンウォッシュであるような気がしてなりません。

―― 碧南火力発電所には、見学に行かれたとのこと。そこで感じたことを教えてください。

カトリン まずは原料となる石炭の山に圧倒されて、胸が苦しくなりました。そこで、「これはどのぐらいの期間で使うのですか?」と聞いたところ、「3日から1週間」という回答が返ってきて、さらに心が重くなりました。要は短期間のサイクルで石炭がオーストラリアやインドネシアから船で運ばれてくるわけです。

アンモニアにしても然りです。大量のアンモニアが船で輸送されてくるため、桟橋と貯蔵タンクやガス化設備などを結ぶエリアには、構内を縦断する全長約3.5kmのアンモニア用パイプラインが新設されており、従業員や近隣への影響を含めた安全対策に神経をとがらせていたのも印象的でした。

ここで問題としたいのは、たとえアンモニア混焼によってCO2の排出を抑えられたとしても、他方でエネルギーを生み出す原料の採掘・精製・輸送などに伴う排出が増えるということです。しかも、現在流通しているアンモニアは化石資源由来ですから、製造工程でもCO2が排出され、コストも2〜3倍となるといわれています。海外から低炭素アンモニアを調達することも検討されているようですが、そこではさらなるコスト増が見込まれます。

いずれにしても、アンモニア混焼は確立・実証されていない比較的新しい技術で、多くの専門家が排出量の直接削減能力、ライフサイクル排出量増加のリスク、高コストであることなどに疑問を呈しています。しかも日本においては、原料を輸入に依存せざるを得ないことも問題です。政府や電力各社は「変動要素が大きい再生可能エネルギーの比率を高めるためには、ゼロエミッション火力による調整力が必要」といいますが、不確実性が高い石炭火力発電を頼りにしていては再生可能エネルギーへのシフトが遅れるばかりか、日本がエネルギーをますます海外に頼る国になってしまうことさえ懸念されます。

―― 見学に行って、グリーンウォッシュではないかという疑念はますます深まっていったわけですね。

カトリン もう1つ、私が違和感を感じたことがあります。碧南火力発電所には「へきなんたんトピア」と呼ばれる主として子ども向けの施設があって、学校の校外学習や若い保護者が小学生くらいの子どもたちを連れて見学に来ているのですが、「石炭によって私たちの生活がとっても豊かになっていること」を全面的にアピールしているのです。確かに昔はそういった側面があったかもしれません。しかし、現在は逆で、このような発電所が地球に住めなくするくらいに私たちの将来を壊している、リスクを凄く高めている場所になってしまっているわけです。見学施設の中で無邪気に遊んでいる子どもたちを見て、私は大きなギャップを感じ、「ここは将来を奪う場所だよ」と説明したくなりました 。まさしくグリーンウォッシュであることを実感した瞬間でした。

―― 愛知県には、2024年1月に火災事故を起こした武豊火力発電所もありますね。いずれも海に隣接しているので、再生可能エネルギー拠点としても有効なのではないでしょうか?

カトリン 碧南火力発電所を見学した際に、武豊火力発電所にも寄ってきました。見学はできませんでしたが、市民活動家から話を聞くことができて、実は武豊では以前、一度稼働を停止せざるを得なくなった時に、すべてを太陽パネル発電に置き換えたことがあったそうです。市民も喜んでいたところ、東日本大震災で福島原発が停まってしまい、この際に電力供給が不安視され、結局、武豊火力発電所を再稼働することになったという経緯があります。それまで使っていた太陽光パネルはすべてゴミになってしまったとのことです。

その武豊火力発電所で今年の1月31日に爆発音とともに火災が発生し、けが人はいなかったものの、稼働停止を余儀なくされました。運営するJERAは「大量のバイオマス燃料を運搬する際に生じた粉じんが設備の摩擦による熱で着火したことなどが原因」と発表していますが、いまだ明確な再発防止策が示されないまま、すでに再稼働の計画が進んでいるとのことで、大きな不安のもとに市民が異議を唱えています。

「1.5度」は目標ではなく、マックスのリミット
いまが世界との約束事を守れるラストチャンス

―― 気候変動について、カトリンさんが最も懸念していることは何ですか?

カトリン 特に私が危機感を持っているのは、IPCCが2030年までに世界の温室効果ガスの排出量を43%、CO2の排出量を48%、つまり半分近く削減しなければならないとしているのに、2024年の現時点でむしろ増えている傾向にあるということです。残り5年以内にこれを実現する上で、劇的に削減するのは技術的には不可能ではないのかもしれませんが、少なくともより難しくなることは間違いありません。対応が遅れれば遅れるほど目標達成は不可能になっていくので、やはり明確なロードマップのもとに目標を見据えていくことが重要だと考えています。

2023年9月20日に開催された「気候野心サミット」において、アントニオ・グテーレス国連事務総長が「人類は地獄の門を開いた。このまま変わらなければ、気温が2.8度上昇し、危険で不安定な世界に向かうことになる」と危機感を露にしました。その言葉通り、まさにいまが正念場、ラストチャンスだという認識を、日本も共有していかなければならないと切に思います。

※世界経済の 脱炭素化を加速し、気候正義を実現するために、 単なる誓約ではなく、信頼できる行動・政策・計画を 携えた政府・企業・金融・地方自治体・市民社会の 「先駆者であり実行者」 のリーダーを紹介することを目的に、「第78回国連総会ハイレベルウイーク」の期間中にニューヨークの国連本部で開催。事務総長は閉会の挨拶で「これらの先駆者たちが成し遂げることができれば、誰もが成し遂げることができる」と述べ、「希望のサミット」とも呼んだ。

―― 確かに年配の人たちにと、若者世代にとっての「2050年」は、確かに隔たりがあるのかもしれません。やはり若い世代ほど、1.5度目標が達成できないことへの恐怖や危機感を、よりリアリティを持って感じているということでしょうか? 

カトリン それはあると思います。何故、「1.5度」に設定されているかというと、自然界においては連鎖反応が同じ割合で継続できる「臨界」が存在し、これを超えてしまったら、不可逆的になってしまうからです。気温が徐々に上昇していっている中で、そこにいつ達してしまうかということは、誰も分かりません。ただ、それを「1.5度」以内に抑制できたら、臨界を超えずに済む確率がかなり高くなります。逆にいえば、「1.5度」を超えてしまったら、人類は限界を超えた不可逆的な世界に突入してしまうかもしれないということです。そして、その限界点を私たちの世代がくぐり抜けられたとしても、次の世代である私たちの子どもの世代に到来してしまうのかもしれません。そのことに、私は限りなく強い恐怖を抱いています。

それだけに「1.5度」というのは目標ではなくて、あくまでもマックスのリミット(限界)に過ぎません。本当に目標とすべきは「0(ゼロ)」だと私は思っています。その意味では今回の若者気候訴訟を通じて、この認識をより多くの人たちと共有し、世代間ギャップを埋める機会にしたいと考えています。

―― 「1.5度」自体、多くの専門家や科学者の知見や研究によって証明されたギリギリの数字で、 これすら遵守できなければ地球は住めなくなるといわれています。裁判では、このことを強く訴え、若者の人権が侵されていることを認めて欲しいというわけですね。

カトリン そうです。実は横須賀や神戸でも石炭火力発電所の建設・増設を巡って市民たちが訴訟を起こしたのですが、残念ながら裁判は棄却されています。判決理由は一様ではありませんが、横須賀では不漁や土砂災害など温暖化被害は「訴える資格なし」、神戸では一般論として石炭火力発電所が排出するCO2が、気候変動に悪影響を与えるなどの危険性は認めたものの、「不確定な将来の危険に対する不安であり、現時点で法的保護の対象となるべき深刻な不安につながる危険性はない」との判決がなされています。ここで争点の1つとなったのは、横須賀や神戸の石炭火力発電所で排出されるCO2や温室効果ガスの影響に対する認識でした。要はこられの発電所から排出される量は、世界中の割合からすると微々たるもので、根本的な影響には当たらないというロジックがまかり通ってしまったのです。

この反省を踏まえて、私たちの訴訟では日本の排出量の約30%を占める電力トップ10社を相手に闘おうとしています。名古屋地裁に提訴したのは、日本最大規模の石炭火力発電所が前述の碧南火力発電所だからです。

いわゆる民事訴訟ではありますが、私たちが求めるのは賠償金ではありません。IPCCの報告書に書かれているような科学的根拠に基づいて世界が認め、提唱している2030年までの目標を、努力目標ではなく、「義務化」してほしいということに他なりません。簡潔にいうと、「主要な火力発電事業者に対して、1.5度目標との整合性を担保してもらうこと」を求める裁判となります。

裁判の目的はインクルーシブな人権
このままでは私たちが加害者になる

―― 訴訟の前提として「被害」を明確にする必要があるかと思いますが、原告の皆さんはどのような被害を受けていると感じているのでしょうか?

カトリン 16名の原告がいるので一様ではありませんが、弁護団が1人ひとりからヒアリングして、いくつかの方向から訴えていこうとしています。例えば、中学生の場合だと部活動や体育の授業の在り様が変わってしまった、大学生だと熱中症の恐れがあるので外でのアルバイトが難しくなっている状況など、日々の生活の中でさまざまな制限が生じています。また、台風被害で自宅にダメージを受けて、トラウマになってしまっている人もいます。さらには、自分自身がしんどいだけではなく、熱中症などで亡くなる人たちが増えている中で、両親や祖父母を心配する声も根強いです。

もちろん、訴訟ではこれらの被害認識をベースに、「将来の安全」が担保されないことによって、若者の人権そのものが損なわれていることが争点になります。虫歯になったから歯医者に罹るのではなく、虫歯になる前に予防するのが大切なのは多くの人が理解していると思います。気候変動の問題はそれ以上に「そうならないこと」に対処していくことが肝心なのではないでしょうか。

実はここにはもう1つの論点があります。「自分たちが加害者であること」です 。このまま地球温暖化が進んでいけば、地球規模でさらに多くの、そして甚大な被害が拡がっていくことは想像に難くありません。その際に最も大きな影響を受けるのは、グローバルサウスをはじめとする排出量が少ない発展途上国に暮らす人たちです。日本の排出量を減らすことができなければ、その努力をしなければ、日本で暮らす私たち自身がさらなる加害者になります。若者の活動家の中には、このことこそ訴えるべきだというスタンスの人たちが少なくありません。私自身もフィリピンのレイテ島を訪れた際に、2013年の巨大台風がもたらした甚大な被害を目の当たりにして目が覚めた1人で、これを契機に環境問題に取り組むようになりました。私が赴いたのは数年後のことでしたが、まだまだ復旧されていない場所も多く、死者者・行方不明者7,000名という尊い命が失われたということに衝撃を受けました。そして、この被害は主にCO2を多く排出している先進国によってもたらされた気候変動によるものであろうということに気が付いたわけです。自然に寄り添って生きている人たちはとても優しく、この人たちの人権のために声をあげていきたいと、いまでも切に思っています。

しかし、それを日本の裁判で訴えていくのはなかなか難しいことも事実。日本で暮らす若者の直接的な被害でなくては、裁判自体受理されない可能性があるからです。そこは苦渋の選択となりますが、若者気候変動訴訟においては、当事者意識のみならず、加害者意識が内包されていることも、是非、覚えておいていただきたいと思います。

―― カトリンさんご自身は、どのような被害を訴えていかれますか?

カトリン まさしく猛暑ともいえる夏が長期化しており、エアコンなしでは生活できない状況になっているのは周知の通りです。その中で夫が熱中症になり、これからですが子どもを含めた家族にしていきたいと考えていますが、私がエンジョイしてきたような経験を、その子たちが享受できない世の中になってしまうことに恐れを抱いています。

このような思いがあって、私はこれまでも気候変動に関するデモやイベント、講演活動に積極的に参加してきました。もちろん、その1つひとつは意味がある活動だったと思っていますが、それだけではなかなか排出をやめない人たちには届かない。そこで今回、思いを直接、伝えていける手段である訴訟に踏み切ることにしました。2030年までにあと5年しか残されていない現在、少人数で大きい効果や結果を生み出せるのは、やはり私たちの権利でもある裁判しかないと考えたわけです。

裁判は私たちが持っている大切な権利
原告・弁護団・支援団体が三位一体で臨む

―― 裁判というハードルを乗り越えるためには、弁護団を含めた支援体制が重要ですよね。訴訟のプロジェクト体制はどのように編成されているのでしょうか?

カトリン 根っこの部分では特定非営利活動法人気候ネットワーク(環境NGO)が連携団体として、原告や弁護団の編成から連携のためのパイプ役となって協力してくれています。また、原告においては若者を中心に気候変動アクションを行っているFridays For Future(FFF) Japanのメンバーも含まれており、高い意識のもとに訴訟に臨む議論を重ねることができているのもポイントです。

訴訟となると、原告にとってハードルがあることは確かです。私自身はドイツの気候活動家で気候変動訴訟の先駆けとなったルイーザ・ノイバウアー (Luisa-Marie Neubauer)さんを敬愛していてSNSなどを通じて連絡を取り合っていたので特に抵抗は感じませんでしたが、原告の中には躊躇いを感じる人たちもいたと思います。その際に、支援弁護士や浅岡美恵代表と気候ネットワークのメンバーがリモートや対面を通じて、「何故、訴訟が有効か?」、「裁判は自分たちの権利」ということを1人ひとりの立場に配慮しながら、丁寧に説明して理解を促してくれました。多様な原告16名がワンチームになれたのには、そういった地道な努力があったからだと思います。

※スウェーデンの環境活動家・グレタ・トゥーンベリの学校ストライキをきっかけに始まった、気候変動対策を求める若者の世界的な運動

―― この日本初の若者気候変動訴訟がきっかけとなって、より多くの人たちが自分の権利である裁判に挙手できるようになるといいですね。

カトリン 世界的にそういう機運が高まっていることも事実です。そこでは2つの方法が見えてきています。1つは私たちと同じように問題意識を持っている人を中心に、10名~20名くらいの少人数で訴訟を起こすやり方。モンタナ州の成功事例はこの方法でした。

もう1つはドイツでちょうど先月スタートしたのですが、インターネットなどを通じて誰もが原告になれるような敷居の低い仕組みを構築して、数1,000名規模の原告で裁判に臨むというやり方です。グリーンピースとドイツのFridays For Futureがメインで動いていて、実は私も応募しています。なるべくたくさんの人に原告になってもらおうという方法はオランダでも実践されていて、良い結果をもたらしました。どちらの方法がいいかは相手や戦略にもよりますが、これから日本でも気候変動訴訟が活発になっていくように、今回の訴訟で風穴を開けたいとは思っています。

―― 門戸が広がると、世代間のギャップはもとより、なかなかまとまらなくなるという懸念もありますが、そこら辺はどうなんでしょうか?

カトリン 今回の訴訟は10代~20代までの若者世代で提訴しましたが、それでも目的は同じであっても、個々のスタンスや考え方、主張は異なります。また、私自身も気候アクションを起こすに当たって、ジェネレーションギャップを感じたこともたくさんあります。それでも私は、民主主義の原点である対話と議論さえ大切にすれば、大規模な原告を1つにすることができると考えています。今回の訴訟でも気候ネットワークのメンバーも一緒になって、16名それぞれの原告がお互いを知る機会を重ねてきました。訴訟の正式名称1つとっても皆で議論し、決めています。もちろん、やり方は1つではないと思いますが、私も来年で20代を卒業します。それだけに今後は、若い人と年配の方々を仲介するような役割も模索していきたいと考えています。

―― 裾野を広げることも訴訟の目的の1つですので、多くの応援が必要になりますね。

カトリン もちろん、メディアには広く取り上げていただきたいですし、それを通じてより多くの人たちに気候変動問題の重要性を認知していただけると嬉しいです。これまでの日本のメディアは、「猛暑」の報道はするものの、異常気象と気候変動が結び付いていることについての言及はあまりなかったように感じています。そこはEUとは大きく異なるところです。それは、EUの人たちが気候変動に関するニュースや報道を欲しているからに他なりません。日本人は気候変動問題に対する認識が低いといわれますが、それは情報が枯渇しているからです。今回の訴訟をきっかけに、市民が気候変動に関する情報を欲するようになって、それに呼応してメディアが役割を果たしていくというような循環が生まれていくことを期待しています。何卒、宜しくお願いいたします。

フィリピン旅行で目覚めた気候変動への意識を
ドイツの中学生時代から憧れていた日本で実践

―― さて、若者気候変動訴訟とは離れて、改めてカトリンさんご自身のことについて教えてください。そもそも、日本に来られたきっかけは?

カトリン 私はドイツのベルリンで生まれ育ち、8年日本に住んでおり、現在は名古屋に暮らしています。日本に興味を持ったのは、ベルリンで通っていた中学校に日本人の先生がいて、日本の伝統文化に触れたのがきっかけです。その先生が日本の文化を体験するサークルを主宰していて、そこに入って体験した習字・着物・庭園・言語・音楽などといった日本文化はとても魅力的でした。例えば、学校のキャンパスで枯山水や盆栽といった要素を入れて実際に日本庭園もどきを造ってみたり、浴衣したり、お箸で食事するといったアクティビティがあって、日本が大好きになりました。ドイツの中学校は4年生なので、その間に体験した日本への興味と憧れは絶えることなく、高校生の時に2週間の交換留学で初来日。その時にホームステイさせていただいた家族も素晴らしい人たちだったので、日本をもっと大好きになり、高校卒業後にインターシップで再来日して半年間滞在したのですが、その時の職場がドイツの公的機関だったので日本語を話せるようになれず、結局、もっと日本語を話せるようになりたいと思って上智大学に1年間も留学をすることとなりました。折角だから、日本で就職もしようと考え、新卒で名古屋のメーカーに採用されました。それが、名古屋が拠点となった理由です。その間に環境問題や気候変動問題に関心を持ち、その会社ではではサステナブル事業の推進担当をしたこともあります。去年の12月にそこを辞めて、今はサステナブルファッションのスタートアップを立ち上げに挑戦しています

―― 気候変動活動を始められたきっかけは、やはりフィリピンのレイテ島での出来事が発端ですか?

カトリン ドイツは環境やエコに対する意識が高い国といわれていますが、ドイツに住んでいた頃の私の意識は決して高くなく、周りの雰囲気から問題は感じていたものの、何とかなるんじゃないかなぁ……? 政治家や大企業などの力を持っている人たちが何とかしてくれるんじゃないかなぁ……? 程度にしか捉えていませんでした。

それを一変させたのが、先にお話したフィリピン・レイテ島での滞在でした。友だちを尋ねて訪れ、その家族と一緒に数週間を過ごしたのですが、2013年にフィリピンを襲ったハイエン台風と呼ばれるフィリピン史上最大の台風被害が、数年後のことであったにもかかわらず、まだまだ景色の中にも人の記憶にも鮮明に残っていて、その事実に衝撃を受けたのです。自分の中で、「対岸の火事」が「自分事」へと瞬く間に変わっていきました。要はドイツという自分の国がCO2を排出し続けてきたことで、地球の反対側で自然とともに暮らし、CO2をあまり出していないところに暮らす人たちの幸せを奪ってきたような気持ちが芽生え、不平等・不条理を感じたのです。

そこから、まずは自分なりにやれることをやっていこうと思い、日本に戻ってからは自宅を再生可能エネルギーに切り替えたり、ゴミの削減に取り組んだり、食事をビーガンにするなど、ライフスタイルシフトに取り組み始めました。そして、それ以上に何かやれることがあるんじゃないかと思い、「Fridays For Future Nagoya」(FFF名古屋支部)を、仲間と一緒に立ち上げ、気候マーチなどのイベントを開催しました。

FFFは高校生をはじめとする若い世代が中心でしたので、仲間たちとはつながりつつ卒業して、任意団体として2020年より活動し、2022年にNPO法人HAPPY PLANETを設立。現在は①市内かビーチのゴミ拾い、②ドキュメンタリー映画の上映会、③環境問題と関連する社会課題に関する勉強会をイベントの3本柱に、活動を展開しています。

―― HAPPY PLANETにおける活動の特徴は?

カトリン その名の通り、「Happy(楽しさ)」を追求しています。FFFはすでに問題意識を持っている人をメインに、「1から2へ」のスタンスでより高度な行動に導いていくことを目的としていましたが、HAPPY PLANETでは敷居を低くして、むしろこれから意識を持とうという人を対象に、誰もが楽しく参加できる「0(ゼロ)から1」のスタンスで活動しています。気候変動は確かに重たい問題ではありますが、活動を長く続けていくためには、やはり楽しさが大事だと思うからです。そのため、「楽しさ」を軸にまずは「環境問題を知りましょう」ということに重きを置いて、個別の問題にのみに焦点を当てて深掘りするのではなく、気候変動問題と関係ありそうな身近な社会問題を俯瞰して結び付けてみたり、バックキャスティング(将来視点)で考えて皆で解決策を議論することなどに注力しています。例えば、ゴミ拾いの活動では1時間で50kg~80kgのゴミが集まるのですが、宝さがしみたいに誰が面白いゴミを拾えるかといった遊び心を取り入れています。映画上映会では気候変動問題に限らず、持続可能な社会に関する幅広いテーマを鑑賞。社会課題の勉強会ではLGBTQ+をテーマに人権について考えたり、洋服の交換会などを行いながら、気候変動との関連性などを皆でディスカッションしています。「もったいないキッチン」といって、家で余ったり、賞味期限が近い食材を持ち寄ってベジタリアンかビーガンのレシピを考えて、会食するイベントもあります。

―― 本当に「HAPPY」になれそうですね。

カトリン ありがとうございます。HAPPY PLANETの活動を通じて、若者気候変動訴訟の進捗も報告していきますのでご注目ください。