すぐろ奈緒(すぐろなお)   ― 比例区 ―

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緑の党共同代表、杉並区議 東京都 34歳







○プロフィール

栃木市生まれ(1979年4月28日)14歳で栃木市の水源地を守るため産廃処分場反対運動に関わる。東洋大学法学部卒業。イラク反戦運動や脱原発など様々な市民運動に参加。2004年参院選で「みどりの会議」から立候補した小林一朗氏を応援したことを機に緑の党結成をめざす活動開始。NGO「フォーラム平和・人権・環境」勤務。2007年杉並区議会議員当選(現在2期目)。2012年「緑の党」共同代表に就任。

○メッセージ

 私すぐろ奈緒は、平和、脱原発、そして持続可能な社会の実現に向けて、議席獲得をめざす決意をいたしました。
 私が政治の世界に身を置く契機となったイラク攻撃開始からちょうど10年が経過しました。一市民として立ち上がるも日本の戦争加担を止められなかった悔しさ、二度と繰り返さないと誓ったあの頃の気持ちは今も変わっていません。戦争が成り立つ経済のしくみや劣化ウラン弾を通して知った原発の問題、それらを変えるために緑の政治が必要だと気付いてから約10年間、党結成の準備と平和や脱原発を求める活動を重ねてきました。
 そして迎えた2013年。日本の政治は歴史上非常に重大な局面に立たされています。私たちは原発の廃止と放射性廃棄物問題への取り組み、憲法9条の遵守による平和の構築など様々な課題を参加型民主主義の実践によって獲得していかなければなりません。その先頭に立つ責任と覚悟をかみしめています。
 すぐろ奈緒は区議としての2期6年間の経験を糧にして、緑の理念と政策を国政の場で示すべく全力を尽くします。議席獲得に向け一緒にがんばりましょう!よろしくお願い致します。

 

長谷川ういこ(はせがわういこ)   ― 比例区 ―

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緑の党共同代表、NGO代表 京都府 31歳







○プロフィール

京都・東山生まれ(1981年7月14日)。奈良女子大学在学中、産官民連携の大阪府環境事業の実行委員を務め、毎年約1万人の来場を実現。上智大学大学院で、江戸時代の都市環境を研究、修士論文が優秀論文に選ばれる。2011年震災と原発事故を受けNGO 「e-みらい構想」設立、代表に。2012年7月より緑の党共同代表。『原発ゼロ~私たちの選択~』2012年かもがわ出版(共著:安斎育郎.飯田哲也.大島堅一.長谷川羽衣子)

○メッセージ

 ほんの1年前まで政治とは無縁だった私ですが、東日本大震災と福島原発事故を受けて立ち上がった市民のひとりとして、また緑の党の共同代表として、議席獲得のため先頭に立つ決意を固めました。
 福島をはじめ多くの人々の生活、そして人生が大きく変えた2011年3月11日の東日本大震災と福島原発事故から、2年。私の人生も、この2年で大きく変わりました。
 福島原発事故に衝撃を受けて立ち上がり、何とか原発のない、持続可能な社会を実現したいと活動するなかで、たくさんの方と出会い、多くを学びました。そして、脱原発を実現したドイツ緑の党のベアベル・ヘーン連邦議員との出会いを経て、日本にも緑の党が必要だと痛感し日本の緑の党の結成に参加、共同代表に選ばれました。
 しかし、昨年の衆議院選挙は市民の声を受け止める政党がないまま行われ、その結果、得票率を大幅に減らしながらも既得権益を持つ自民党が多くの議席を獲得し、再び原発を推進しようとしています。
 私、長谷川羽衣子は、これまで研究を続けてきた、環境・経済に関する専門的な知識と、研究活動・市民活動で培った日本全国・世界各地に広がるネットワークを生かして、具体的かつ実効性のある政策を提言します。
 今年7月の参議院選挙は、日本の未来を左右する選挙です。
 今はまだ小さな緑の芽を、たくさんの葉をしげらせるしなやかな木に育てるため、緑の仲間たちとともに精一杯力を尽くします。
 どうかみなさまのお力添えを頂けますよう、心からお願い申し上げます。

 

田口まゆ(たぐちまゆ)   ― 比例区 ―

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自死遺族NPO代表 東京都 39歳







○プロフィール

1973年山口県生まれ。13歳の時に父(享年39才)が自殺。短大専門学校卒業後、派遣や契約社員で働く。2009年NHK「日本の、これから」出演をきっかけに任意団体「自死遺族への差別偏見を失くす会」設立。2011年NPO法人Serenity(セレニティ)設立、前日弁連会長・宇都宮健児弁護士が世話人に就任。東京都後援で、シンポジウム「大切な人を自死で亡くすということ」、連続講座「生と性~それでも私たちは生きていく~」主催。

○メッセージ

 私は父を今から26年前に自殺で亡くした自死遺族当事者です。
今現在、自死遺族への差別偏見の問題を考えるNPO法人セレニティの代表をしております。
 父を亡くした当時、私は中学一年生でした。小さな町に住んでいたため父の自殺のことは町中に広まってしまいました。そしてその時、担任の教師から「父の自殺についてクラスメイトの前で謝罪しろ」と言われた辛い体験から2011年4月にNPO法人セレニティを設立しました。
 昨年こそ自殺者3万人を切りましたが、14年連続自殺者3万人を超える自殺大国の日本。その周辺には5人遺族がいると言われています。そう考えると自死遺族の数は膨大です。
 私のようなあからさまな体験は数少ないかもしえませんが、家族が自殺した、ということを言えなかったり・・・
 また最近問題になっているのは、賃貸物件で自殺をした人の遺族が大家から多額の損害賠償を請求されるという事件です。「自殺した家族が悪いんだ」ということで遺族は泣く泣く支払ってしまうことが多くあります。
 声を上げられない、自死遺族がたくさんいることをもっと知って欲しい、社会に、国会に届けたいという思いでこの度の立候補を決意しました。

 

大野拓夫(おおのたくお)   ― 比例区 ―

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元ネットワーク横浜 神奈川県 44歳







○プロフィール

1968年愛知県生まれ。新聞配達をしながら駒澤大学に学ぶ。国際青年環境NGO、A SEED JAPAN設立。エコロジーショップ「GAIA」勤務。エコ・リーグ(全国青年環境連盟)設立時事務局長。長野県大町市で300haの自然林「千年の森」開園。第1回 緑の党世界大会参加。横浜市会議選にネットワーク横浜から挑戦、8千5百票得るも次点。前(社)自然エネルギー研究会事務局長。里山オーガニックみかんプロジェクト発起人。元環境政党「みどりの会議」事務局長。共編「もう原発はいらない!」(ほんの木)

 ○メッセージ

 政治が、私たち市民の願いから遠いのは、既存の政治家と霞ヶ関官僚機構、経済界、メディアが自分たちのために既得権を必死で守り、日本を支配しているからです。それを変えるためには、①市民のメディア②市民のシンクタンク③市民のセーフティネット④市民の学校、そして⑤市民の政党をつくり、有機的に連動させることです。その要になるのが、市民の政党、緑の党です。緑の党と大野拓夫は、緑の党を実現することで、世界中の原発を廃炉にし、貧困や格差を無くし金融の歪みを正し、地球環境をより自然な姿にし、将来の世代に引き継ぐことに取組みます。あなたも、一緒にそんな「緑の種」をまいて頂けませんか!  大野拓夫と「緑の種まき大作戦」隊員募集中!

  1. 原発をゼロに廃炉に! 子どもたちの「いのち」を守れ!世界の成長産業の柱は、自然エネルギーです。
  2. 改憲・国防軍? 絶対ダメ!平和憲法と国際協調が日本を守る。9条を世界に。日米地位協定を対等にしよう!
  3. TPPと遺伝子組み換え食品にNO! 農業、医療などの安心と「いのち」を守ろう! TPPは国を売り、生活を破壊します。
  4. 貧困・格差社会を正そう!機会の平等とやり直しのできる社会を!安心な社会は全ての人の権利です。

 

しまざきなおみ(島崎直美)   ― 比例区 ―

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前アイヌ民族党女性局長 北海道 54歳







○プロフィール

1959年北海道、胆振・勇払むかわ町生まれ。富山県立雄峰高卒。1986年(社)北海道ウタリ協会札幌支部(現アイヌ協会)入会、婦人部長、文化部長、副支部長を歴任。札幌ウポポ保存会書記、事務局長を歴任。2000年1月~2007年3月「アイヌの女の会」代表。2000年7月「先住民女性フォーラム2000」開催。2008年「先住民族サミット2008」開催、共同代表・事務局長兼務。2009年~2013年4月世界先住民族ネットワークAINU・事務局長。2012年衆院選にアイヌ民族党から出馬(北海道9区)。札幌市在住。

○メッセージ

 イ ラン カラ プテ!(こんにちは)
 アイヌ語で、「あなたの心にそっと触れさせてください」という意味です。
私は、アイヌ民族として、緑の党の一員として、アイヌ民族・先住民族の権利回復と教育・福祉の充実、多文化・多民族共生社会の実現、自然との共生を基礎にした持続可能な社会の実現を中心に訴えていきます。
 2008年6月6日に、衆参両議院で「アイヌ民族を先住民族とすることを求める国会決議」が全会一致で採択されましたが、その後、自決権、土地権、資源利用権、教育権など、アイヌ民族の先住権を保障する法制度は確立されていません。アイヌ民族のウコ・チランケ(話し合い・対話)の精神を大切にしながら、平和ですべての人が安心して暮らせる社会の実現に努めます。国内外の先住民族が育んできた知恵を政治に活かしていきます。
 アイヌ アナクネ ピリカ(人間は素晴らしい)
 タア タク ワ パイエ アン ロー(その方向に団結していきましょう)

 

木村ゆういち(きむらゆういち)   ― 比例区 ―

公式サイト 
福島原発事故避難者 佐賀県 53歳







○プロフィール

宮城県石巻市生まれ。仙台市で会社員を経てフリーランスの商品企画開発・イベント等を手掛ける。2007年から福島市でライブハウス経営。2011年の東日本大震災で実家(石巻市)が津波被害に。原発事故を被災し同年6月家族で九州へ避難。自主避難者のネットワークをつくる、避難者の権利・人権を守る「0311避難者ネットワーク・九州」をweb上で開始。鳥栖市近郊に畑を借り九州の支援者や避難者と共に自然農法の無農薬野菜を作り東日本へ送る支援を行う。佐賀や福岡・長崎等の講演で避難者としての体験談、避難の問題、脱原発を訴えている。

○メッセージ

 東京電力福島第一原発事故で被災者となり、福島県福島市から、幼い我が子の身を案じ、妻と3人で九州へ自主避難した際に様々な問題や苦悩を体験しました。
 人間を危険に晒し、人間も住めない土地にする核の使用は禁止すべきです。
 福島の原発事故を教訓としないままの、原発事故防災計画など地域行政の縦割りに危険を肌身で感じ、地域コミュニティーの大切さを感じました。
 避難後、避難先の地元支援者や九州の支援者と一緒に東日本へ野菜を送る活動や保養受け入れの活動をさせて頂いています。放射能汚染や内部ひばくから我が子を守る為に、農作物を作った経験から今の日本の食卓は危険に晒されている事を実感し、食の安全の確保の必要性を実感しました。未来の宝である子どもを、良識ある大人がしっかりと守っていかなけれいけないと強く感じます。
 「地球なくして命なし」この地球という環境と命を大切にする社会へとシフトしなければいけません。東日本大震災・原発事故を経験してもまだ変わろうとしない国に対して、市民の声がしっかり反映される社会になるよう、避難者として原発被曝者として訴え政治を変えていきたいと決意しております。

 

尾形けいこ(おがたけいこ)   ― 比例区 ―

公式サイト
「緑の党・東海」共同代表 愛知県 56歳







○プロフィール

1957年三重県四日市市生まれ。大気汚染地区に育つ。大阪外国語大学ロシア語科を卒業後、就職、結婚。子育てのため退社。夫に伴いLAに駐在。フランス、ベルギーにも駐在。1996年ごろ、ヨーロッパの「緑の党」に出会う。帰国後、OLや通訳などの仕事をする。2010年、夫に伴いサンパウロに駐在。東北大震災・福島第一事故の後、脱原発の運動に加わる。2012年8月4日設立した「緑の党・東海」の共同代表となる。

○メッセージ

一昨年の震災と原発事故は、夫の駐在先であるブラジル・サンパウロで知りました。
 原発は漠然といやなもの・怖いものと思っていただけで、何もしてこなかった自分を深く後悔しました。
 私たちの世代の負の遺産を、次の世代に残してはいけないと考え、残りの人生は原発を失くす事と「緑の党」を国政に送る事に捧げようと決心しました。原発を失くすには、日本に「緑の党」が必要と考えたからです。
 「緑の党」については、17年前に、夫に伴ってヨーロッパに駐在していた時に知りました。地球のため、環境のために活動する「青臭い」政党に感動しました。一見、賢そうな人が、経済発展、開発、効率化を言い、「環境じゃ食べていけなからね」と嘲笑します。しかし、行き過ぎた金儲け主義が地球を苦しめ、原子力発電所の大事故と言う形で日本を罰しました。経済至上主義は、実は愚かだった事に痛みをもって気が付きました。自然と共生する慎み深い生き方が、結局いちばん賢いことを、この歳になって知りました。
 私は、子どもを育てる女性や、未来に失望していない若い世代に寄り添い、「緑の党」を日本の国で根付かせ、大きな樹に育て、日本の国を変えていきたいと思います。

 

木田節子(きだせつこ)   ― 比例区 ―

kouho_kida

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福島原発事故避難者 福島県(茨城県へ避難中) 59歳







○プロフィール

1954年岩手県釜石市生まれ。県立釜石商業高校卒業。1978年福島県いわき市出身の夫と結婚。南相馬市、いわき市と移り住み、21年前に双葉郡富岡町に家を建てる。バスガイドを通算25年のほか、OL、ファーストフード店、着物売り場の店員、ゴルフ場のキャディなどいろいろな仕事をしてきた。長男は震災当時、原発関連会社に勤務。長女は原発事故がなければ、翌月いわき市にUターンする予定だった。震災後、茨城県水戸市で避難生活中。

○メッセージ

2011年3.11のあの日から2年以上になります。
 1年ごとの3.11には、テレビや新聞も特集を組み、被災地への思いを伝えるのですが、やがて1週間ほどの「3.11ウィーク」が過ぎると、人々はまた何もなかったようにいつもの暮らしに戻っていく…。そんな風に思うのは私だけでしょうか。
 震災直後から第一原発の状況を知らせてくれる人がありました。避難の際の過酷な現場の話、耳を疑う行政の対応。誰も責任を取らずにすべてを地震と津波のせいにして、忘れ去ろうとしているのではないでしょうか。
 家はあるのに放射能汚染で帰れない人は、津波で家を失った人を思い、津波で家を失った人は、福島の原発難民を思ってガマンをしている。復興!復興!の掛け声ほど人々が元気にならないのは、やはり、収束などしていない原発事故が気になるからではないか。そんなことを考えながら、避難先の水戸では、引きこもりがちになってしまっていました。
 2012年の年明けに茨城県東海村長や東海第二原発廃炉を訴える人たちと出逢い、首都圏で行われている脱原発運動に参加するようになりました。
 官邸前で、経産省前で、福島の現状を訴えています。

 

松本なみほ(まつもとなみほ)   ― 兵庫選挙区 ―

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環境政策コンサルタント 兵庫県 39歳







○プロフィール

兵庫県神戸市生まれ(1974年6月10日)。神戸外国語大学卒業。農村出身の両親に育てられ、常に畑が身近な暮らし。28歳で神戸市議会議員選挙に立候補するも次点落選。市議会会派の政務調査員をしながら緑の党設立に向けて活動。現在は環境政策コンサルタント自営業主として、家庭の省エネ診断事業に携わる。半農半Xを目指し米作り修行中。息子6歳。緑の党運営委員・緑の党ひょうご共同代表。

○メッセージ

 公認候補となったことが地元紙の神戸新聞にも掲載され、様々な方から期待の言葉をいただき、身の引き締まる思いです。
 また、私事ではありますが、息子が保育所を修了し、4月から小学生になります。ちなみに息子は緑色のランドセルを選びました。私が緑にしようと言ったわけではないです(笑)。こどもの成長を満開の桜とともに感じられることはとても幸せです。
 しかし、どうしても心の底からウキウキする気持ちになれないのです。超重低音のような「危機」が心の底に降り積もります。こうしている間にも、空気、水、大地への放射能汚染は拡散し、暮らしを破壊するTPP参加が進められ、戦争に向けた準備が整えられている、そう感じます。
 とうてい一人では抱えきれない危機ですが、ツイッターやフェイスブック、パレードやデモで「ようやく私、気づいたんです!」「私実はデモに参加するの初めてなんです!」という人との出会いに勇気を与えられます。緑の党の結成宣言にあるような、豊かで安心できる分かち合いの世界を創るべく、7月参院選に向かって全力を出し切っていきます!共にがんばりましょう!

 

三宅洋平(みやけようへい)   ― 比例区・推薦 ―

公式サイト
音楽家、日本アーティスト有意識者会議(N.A.U)代表 沖縄 34歳







○プロフィール

1978年7月24日ベルギー生まれ(岡山系山形移民2世)。2002~2009年レゲエ・ロックバンド”犬式 a.k.a.Dogggystyle”のボーカル・ギター、2010年 バンド”(仮)ALBATRUS”を結成、世界各地でライブ活動を展開。
2011東日本大震災を期に、東京から沖縄北部に移住。自然農やエネルギー自給を取り入れながら「新しくて懐かしい」ライフスタイルの模索に入る。
デビュー時よりライブやネットを通じて社会に対するメッセージを発し、国内の原発問題にも事故以前からアクティブに活動。「政治に参加し、政治をアート」する姿勢を打ち出し、2013年政治団体「日本アーティスト有意識者会議」登録。

○メッセージ

 夜中にダンスしたっていいじゃないか。
 戦争なんて無い方がいいに決まってる。
 原発だって無い方向を全力で探りたい。
 「手作り」や「自然」を大切にしたい。
 大事な情報はオープンであるべきだ。
 文化や教育にちゃんと税金を使ってもいいだろう。
 もっとファンキーで多様な社会にしたい!
 命、大切だろう!!
 …
 いま、こういう感性を共有している人たちがけっこう沢山いる気がします。
 そして彼らは、思いとはかけ離れていくクニのあり方を、憂慮しています。
 そんな人たちが結びつくきっかけとして「選挙に参加する」が在れたら。

 「人間が地球にとって有益な微生物であれる社会をつくりたい。」

 そのためにまずは話し合いへ混ぜてもらいに、国会へ行こう。
 教わることも、教えられることも沢山あるはず。
 とことん話し合って、
 チャランケ(アイヌ語:部族間の話し合い)して、
 お互いに学ぶ先に、素敵な答えは必ずあると信じています。

 例えば、「経済優先」の是非を論争するのではなく、
 「経済の質」を話し合い、その意味を膨らませたい。