【お知らせ】グリーンズカフェ:守田敏也さんに聞く―戦争と原爆と原発と放射線被曝の…

グリーンズカフェ東京戦争と原爆と原発と放射線被曝のつながりを
「内部被曝」から捉えよう!

   ― 守田敏也さんに聞く          *チラシはこちら

 

moritatoshiya日  時 8月14日(金)18:00〜20:00
場  所 緑の党グリーンズジャパン事務所
      (JR高円寺駅北口1分)地図
参加費 1000円
共  催 緑の党東京都本部&緑の党社会運動部

 

 戦争法案が強行可決され、私たちは今、戦争への流れとの全面対決が問われる地点に立っています。

 同時に原発が再稼働されようとしています。川内原発にはすでに核燃料が装填されました。私たちは再稼働を止めるためにさらに奮闘することが問われています。

 広島・長崎原爆で内部被曝の影響は徹底して隠され、人体への放射線被曝の影響を限りなく小さく見せることで、その後の相次ぐ核実験と原発の運転を可能にしてきました。福島原発事故以降の放射線被曝の影響の過小評価の大合唱も、核戦略と核産業全体の防衛的対処でもあります。

 被爆70年のこの夏、戦争法案が強行可決されたこの夏にこそ、内部被曝をキーワードに「戦争と原爆と原発と放射線被曝」の太いつながりを自覚し、二つの運動を一つにして奮闘する必要があります。   *守田さんからのメッセージ全文をプロフィールの後に掲載しています。

 

  ●守田敏也さんプロフィール

 1959年生まれ。京都市在住。同志社大学社会的共通資本研センター客員フェローなどを経てフリーライターとして活動中。アフガン・イラク戦争に反対し、旧日本軍性奴隷問題(いわゆる軍隊慰安婦問題)にも関わり、被害女性のサポートをしてきた。

 原子力政策に関しても独自の研究・批判活動を続け、被曝地を度々訪問。関西を中心に各地で放射線防護の講演を積極的に行っている。2014年よりドイツ・ベラルーシ・トルコ・ポーランドでも講演を実施。とくにトルコでは日本からの原発輸出予定地シノップに関わりを持っている。兵庫県篠山市原子力災害対策検討委員会委員も担っている。

 ブログ「明日に向けて」で日々、情報を発信するとともに、物理学者矢ヶ﨑克馬氏との共著『内部被曝』(岩波ブックレット)、原発災害対策について述べた『原発からの命の守り方』(海象社)がある。
 ブログ;明日に向けて http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011

 

<守田さんからのメッセージ>

 みなさま。8月14日お話させていただく京都のフリーライター、守田敏也です。

 ご存知のように戦争法案が強行可決されました。私たちは今、戦争への流れとの全面対決が問われる地点に立っています。同時に原発が再稼働されようとしています。川内原発にはすでに核燃料が装填されました。私たちは再稼働を止めるためにさらに奮闘することが問われています。多くの人々が頑張って行動している熱い夏ですが、同時にこの夏は、戦後70年、被爆70年の節目の年でもあります。僕はぜひこのときに、「戦争と原爆と原発と放射線被曝」が一つの太い線で結びついていることを多くの方と共有したいと思います。

 その際のキーワードこそが内部被曝です。なぜでしょうか。もともと人間と放射線の関係を大規模に測られたのが広島・長崎原爆だったからです。しかも調べたのは加害者であるアメリカ軍でした。目的は原爆の殺傷力を知りつつ、一方で被害事実を隠すためでした。原爆投下直後から、非人道的な核兵器を禁止せよと言う声が高まっていたからです。この時、徹底して隠されたのが内部被曝の影響でした。

 こうしてまったく恣意的に被害を非常に小さく見積もったデータが「被爆者調査」の名のもとに作られ、その上に「放射線防護学」がアメリカ主導で作られました。人体への放射線被曝の影響を限りなく小さく見せる体系でした。なぜそれが必要だったのか。その後に相次ぐ核実験を行うためでした。核実験で膨大な放射能が全世界に降り注ぎましたがそのためにも「放射線被爆の影響は大したことがない」と言う必要があったのです。

 またそれでも高まる核兵器批判に対抗して出された戦略が原子力の平和利用=原子力発電でした。原子力発電は1950年代に確立したローテク体系です。定期点検の細かい作業など、人力でやらねばならずものすごい被曝労働を必然化します。このため原発の運転そのもののためにも被曝影響の過小評価が必要でした。放射線の影響を正しく見積もったら、核実験も原発の運転もまったく不可能だったのです。このため物理学者の矢ヶ崎克馬さんは、内部被曝隠しのことを「隠された核戦争」と呼んでいます。それが今も継続中なのです。

 福島原発事故以降も、放射線被曝の影響の過小評価の大合唱が行われ、福島は20ミリシーベルトまで大丈夫だ、いや50ミリシーベルトまで拡大しようなどと言われています。これは福島原発事故を契機に、人々が放射線の本当の恐ろしさに目覚めたら、核戦略と核産業全体が危機にさらされるが故の防衛的対処でもあります。「隠された核戦争」が福島の人々を、いや私たち全体を苦しめ続けているのです。

 だから被爆70年のこの夏、戦争法案が強行可決されたこの夏にこそ、私たちは内部被曝をキーワードに「戦争と原爆と原発と放射線被曝」の太いつながりを自覚し、二つの運動を一つにして奮闘する必要があります。僕がみなさんとシェアしたいのはこのことです。